昔むかし

この間、ベッドの上に人形服の型紙を広げて、ちょきちょき切っていたら、それを見た雪だるまが「その紙、子どもの頃、僕たちの服を作るのにお母さんが使っていた型紙も、そういう紙だった」と懐かしがった。


この時私が切っていたのは、個人から買ったよろよろ手書きの型紙(笑)ではなくてマッコール社製の型紙だったので、大きな1枚の、とんぼの羽のように薄い褐色のハトロン紙に印刷されていたのだ。


雪だるまによると、お義父さんは軍人だったのだけど、駆け出しぺいぺいの軍人の俸給などは知れたもので、雪だるまが子どもだった頃は、お金がなくて食料品などはつけで買うことが多かったし、お義母さんは少しでも現金を節約しようと、子どもたちの服はほとんどすべて手作りだったのだそうだ。で、わたしが切っていたのと同じようなぺらぺらのハトロン紙に印刷された型紙を使って、ズボンなどを作ってくれたのだそうだが、そういえばお義母さんたちの家にはふるーい木製の台つきのミシンがまだあって、引出しには色々な色糸やら裁縫道具やらが残されていた。たぶん雪だるまが子どもの頃から、40年以上使われてきたミシンなのだ。


そのほかにもお義父さんたちの家には、長い間大事に使われている風情の道具が多かった。今でも現役の電動ミキサーはお義父さんたちが結婚祝に貰ったものだそうで、とするとほぼ50年? 古き良き時代に丁寧に作られたものと、今の材料費も何もかも切り詰められるだけ切り詰めて作られたものでは、持ちが違うと言ってしまえばそれまでだが、それにしても手入れを欠かさず、丁寧に使ってこなければ、ここまでは持つまい。大事にされている道具は、見ていて気持ちがいい。


今は悠々自適の身で、年に一度は外国旅行に出かけたり、夏の間はゴルフをしたり、家のあちこちを直してみたりして、老後の生活を楽しんでいるお義父さんだが、俸給が安かった頃は、土日には引っ越し業者の手伝いをしたり、近くの理髪店で臨時理髪師になったりと、さまざまなバイトをしたらしい。俸給の少なさから職業軍人が副業に励むなんてちょっと不思議な気がしたが、そういえば日本でも生活の困窮に対する下士官の不満が、2.26事件の引き金となったとどこかで読んだような気がする。(時代が30年くらい違うけど)


雪だるま家と同じ時代、ところ変わって日本で同じように貧しい生活をしていた我が家は、父のほか、母も祖父も働くことで家計を支えていた。わたしという“小さい子ども”はいたが、母は私を保育園に預け、働きに出た。わたしが育った田舎では、女が外に働きに出るのは珍しくなかった。というより乳幼児がいるわけでもないのに専業主婦でいる女は、“怠け者”“いい御身分”と陰口を叩かれていたような記憶がある。この点、妻が働くことを良しとしなかった都会の中産階級とは明らかに違う。


あれ、そういえばお義母さんはどうして外に働きに出なかったのだろう? ケベックの田舎には働き口がなかったのかな? 帰ったら雪だるまに聞いてみよう。
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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