いとこたち

  • 2009/05/18 15:17
  • Category: 雑記
ところで先日の母の葬儀でよかったのは、10何年ぶりかでいとこたち3人と会えたことだ。このいとこたちは母の妹の子ども達なのだが、私が日本を出てしまったせいで、もう20年近く会っていなかった。


最後に会ったのが何の折だったかは記憶が定かではないが、当時いとこたちは病気で相継いで両親を亡くし、子ども達だけで残されたばかりだったと思う。今の年齢から逆算すると、一番上のお姉ちゃんは大学を卒業していたものの、下の3人の弟たちは一番上でも20歳になるかならないか、真中は高校生、一番下は中学生になったばかりの年齢だったことになる。


もともと大して裕福でもなかったことに加え、相継ぐ両親の病気で貯金はゼロ、持ち家もなし。ウチも含め親戚一同びんぼー人揃いで4人を引き取る余裕はなしで、したがって両親が亡くなってからは姉弟4人、おなじみ新聞配達から居酒屋でのバイト、鳶の手伝いまで、とにかく何でもいいから働くことで糊口をしのいで来た。下の子2人は、学校も夜間に変わらざるをえなかったと記憶している。


そのなかで一番上の男の子はある日行方不明になり、以来音信不通。最近、専門家に行方を捜してもらったが見つからなかったそうだ。一番上のお姉ちゃんは「もうどこかで死んでるんじゃないの」と言っていた。確かに生きていれば40歳近くのはずで、まともに仕事をしているのなら住民票なども居住地に動かしているはず。それがないということはそういうものを必要としない職についているか、あるいはお姉ちゃんの言う通りもうこの世にはいないか。


しかし残りの3人は立派に成人し、家庭をもち、堅実に生活して、遠方に住む伯母さんに過ぎなかった我が母の葬儀にまで、それぞれが配偶者を連れて来てくれた。
しかもその配偶者がまた、大変感じのいいしっかり者ぞろいで、ことに真中の男の子(もう男の“子”ではないけど)の奥さんは、我がオトモダチに雰囲気が似ていて、初めて会ったにもかかわらず、初対面の気がしなかった。
一番下の子の奥さんも、1つか2つ年上の姉さん女房だそうだが、甘えん坊だったこの子(私が一番よく覚えているのは、3歳くらいの時の彼。私といっしょにバスに乗りたくて、大きな目に涙をいっぱい溜めていた彼)に似合いの、こけしを美女にした感じの、おっとりと優しい雰囲気ながらも、それだけではないしっかり者の手堅さを感じさせる女性。
そして一番上のお姉ちゃんの夫君も薄暗がりで見た時、「このいい男、誰よ?」と一瞬思ったほど男前で(その後明るいところで見た時には男前度が4割減になっていて勝手にがっかりしたが)、以前は居酒屋を経営していたというから、もっと威勢のいいお哥さんタイプの人かと想像していたら、案に相違して物静かで控えめで、妻や義弟たちの面倒をさりげなく見る優しい人で、外見は三人三様ながら、感じのよさは共通で、通夜振舞いの席や、精進明けの席で同席していて大変楽しかった。


この6人(真中の男の子の子どもも入れると7人)は互いに近くに住んでいるせいもあって普段から割合頻繁に行き来しているらしく、和気藹々と仲がいいのも見ていてほのぼのさせられた。身内を誉めるのは何だが、小さいうちに両親を亡くして、いろいろ大変だったこの子たちが、こうしてそれぞれ立派な配偶者を見つけ、(キリスト教のことばで形容するのはやや気が引けるが)地の塩として堅実に生活しているのは、素直に立派だと思う。



余談になるが、父方の親戚は葬儀には1人も来なかった。生前母が、父方の親戚全員をお出入り差し止めにしたからである。付き合いが絶えて久しいので、伯父、伯母達がどこに住んでいるのか、生きているのか死んでいるのかも知らず、したがって父方のいとこたちと会えることは、もうないと思う。最後に会ったのは私が中学生の時だから、従姉妹たちですらすでに50代〜60代のはずで、偶然道であってもたぶんわかるまい。


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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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