自力更生

  • 2008/07/11 14:13
  • Category: 雑記
先日、日本から来たお客様、当地の金融機関での諸手続きなどについて、よく弊社の手助けを依頼してくる方だったので、自分では何もしない/できない方かと思っていたら、どうやら案に相違して、実は自力更生派だったらしい。四方山話をしていたら、案外強気の発言がでてくるので、へえと思った。

小柄で童顔な方なので30前後かと思っていたら「いや、30代後半ですよ」とのことで、昨年末に仕事を辞めて、現在は某国に留学中。数年前から株や不動産に投資しているので、生活には困らないらしい。このまま投資を続けながら、好きな本を読んだり、旅行したりして、のんびり暮らせれば十分。別に贅沢な暮らしは望んでいないので、投資でもそこそこ儲かればいいという。その言葉どおり、4泊5日の当地滞在でも、荷物はノートブックPCも入らないような、小さい手提げかばん1つだけ。あまりの身軽さに、こちらの方が驚いた。着替えのシャツ1−2枚持って毎日洗濯すれば、このかばんで十分なんですよと笑う。

そして昨今の日本の年金騒ぎについて「もう起こってしまったことについて、いまさらぐだぐだ言っても始まらない。老後の生活の保障なんか、政府に頼らず自分で何とかすればいい」
「働かなくても暮らせるくらい金持ちになりたいなら、そうなれるよう計画を立て、一歩一歩努力すべき。そうせずただ夢を見ているだけでは無意味だ」
「3年後にはこうしたい、5年後にはこうしたいと確実な計画を持っている人と話すのは楽しい。日本には明確な見通しもなく、ぼんやり夢を見ているだけの人が多すぎる」等々。

まあ私も基本的には自力更生の人、何でも自分でやる人が好きだ。他人に過度に頼らず(金を払ってプロの助力を頼むのは別)、自分のことは自分で決め、自分でやり、自分で責任をとる。宝塚のモットーは「清く、正しく、美しく」だそうが、私のモットーは「強く、正しく、逞しく」だ。

ただし、この自力更生が強者の論理に過ぎないこともわかっている。世の中の人全員が、自分でやりたいことをやれるだけの健康と体力と能力と機会に恵まれているわけではない。また今は強者でいる人だって、いつ何時、事故や病気や不運によって弱者に変わり、自力更生不能の身にならないとも限らない。そうなった時、自力更生できないのは「本人の努力不足」だとして、社会から切り捨てるのはいかがなものか。私のいう“社会から切り捨てる”は、一国内で強者が弱者を切り捨てることだけではなく、世界の中である強国が弱小国を切り捨てることも指す。

先日、調べものの途中であるサイトに遭遇したのだが、そのサイトでは「弱者を助けるのは、弱者のためにならない」「弱者が弱者なのは、弱者自身の責任だ」「自分のことだけで手一杯で、弱者を助ける余裕などない」「能力のない弱者が淘汰されるのは、当然だ」といった意見が主流で、あまりの殺伐さに身が縮む思いがした。

そのサイトでいう弱者とはアフリカの人々のことだったのだが、そして確かにアフリカ諸国で内戦や、飢餓や汚職がはびこっているのは、アフリカの人々自身の責任だろうが、だから他国が助ける必要はないと言い切るのは、あまりに無情過ぎないか。人道的理由から助けるのがセンチメンタルに過ぎるというのなら、経済力をつけさせることによって新たな市場を確保するという経済の論理をあげてもいい。情けは人のためならずだ。結局回りまわって自分のところに来るのだ。

なんだかやけに偉そうになってきたので、今日はここで止める。昼休みも終わったし、仕事に戻ろう。
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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