二転三転

純粋ローカル企業であるこの会社で働いて5年、その前の日系企業時代も合わせれば、かれこれ10年以上、HK人、中国人とつきあっていることになるのだが、いまだに“どういう風に行動/反応するか”は推測できても、“どうしてそういう風に行動/反応するのか”は、理解できないことが多い。
卑近な例で言えば、変更の多さだ。予定でも資料でも、くるくるくるくる変更する。先日のQ市、Y市を巡るツアーでも、行き先が二転三転するので、バスの中、いちいち日本語で案内する私の方がばかみたいだった。「えー、これからご夕食のレストランに向かいます。・・・・あ、やはり先にホテルに行くそうです。・・・あ、やはり時間的に間に合わないので、レストランに行くそうです」てな具合。聞いている客の方も呆れたろう。

昨日まで翻訳していた資料もそうだ。最初は25ページの資料だったのだが、追加やら修正やらで25ページ→36ページ→39ページ→42ページ→39ページと動いた。ページ数が動いたということは、当然内容も動いたということで、しかも単なる新規追加だけでなくすでに翻訳済みの部分も遠慮なく変えてくださるので、延べでは最終決定稿のページ数よりはるかに多いページ数を翻訳しているはずである。ツアーと合わせ込み込みで請け負っている仕事なので、延べ何ページになろうとお客様のご意向のままだが、それにしても最初から決定稿を渡してくれれば、はるかに早く仕事が済むものを、と思わずにはいられない。

確かに企業紹介だろうと研究報告だろうと、あるいは報道記事だろうと小説だろうと、これで完璧!と思えることはまずないだろうし、最後の最後のぎりぎりまで手を入れたい気持ちになるのはわからないではないが、どうも私の見るところHK・中国企業/人の場合は、より完璧を目指して修正を繰り返すと言うより、まだ叩き台の段階のものをこちらに持ち込んできているような気がしてならない。ツアー中の予定変更にしたところで、不測の事態が起こったからやむを得ず当初の予定を変更するというわけではなく、諸条件がはっきりしないうちに適当に予定を立て、徐々に事態が進んで「あれ?だめだこりゃ・・・」となった時点で、ぽっと予定変更。しかしよく考えた上での変更ではないので、進行する事態に合わせまたすぐ変更。これの繰り返し。10年一緒にいても、なんでこうなるのか、てんでわからん。

その国の国民性、あるいは民族(これは非常に定義のはっきりしない言葉ではあるが)性なんてものは、10年いようが、20年いようが“わかる”ようには、ならないのではあるまいか。ある異国に2―3年住んだだけで、その国のことを理解したと豪語する人もいるが、そんなことはあるまいと思う。でなければ、“理解”という語の定義が違うのだ。
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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