お涙頂戴のニュースは嫌いだ

  • 2008/06/13 15:32
  • Category: 雑記
NHKでも地元の翡翠台でも、「四川地震から1ヶ月、被災者は今」というような取材をニュースで流している。大方が「いまだこのような困難な状況にある」という報道で、被災者の方々の現状の悲惨さを、やや感情過多に訴えるような編集になっており、人々の同情を誘って義捐金を集めるにはちょうどいいだろうが、ニュースとして見ている方は(被災者の方々には申し訳ないが)いささか食傷。

そもそも私は人々の感情に訴えるような報道が嫌いである。ニュース番組は無味乾燥であればあるほどいいと思っている。誰かが映像を撮り、誰かが原稿を書き、誰かによる編集を経て報道されるのだから、特定の視点のない報道などありえないことはわかっているが、私としてはできるだけ中立的な事実だけを知りたい。そのニュースに対するキャスター/アンカーパーソンの感想など要らない。なんならコンピュータ合成の声が読み上げてくれてもいいのだ。あるニュースに関する人々の感想や解釈の報道は、トークショーやワイドショー、ネットの掲示板に任せればいいではないか。

とりわけ不快なのは、ある犯罪の被害者または被害者の遺族を後追い取材し、涙に暮れる被害者/被害者遺族の姿を映し出すことだ。そうすることによってその犯罪の記憶を新たにし、同種の犯罪の発生を防止しようとの意図なのかもしれないが、どれほどの効果があるのか甚だ疑問。単に人々の下世話な興味を煽り、安っぽいお涙頂戴を狙っているだけなのではないか? 一時期話題になった飲酒運転にせよ、通り魔にせよ、そうした報道によって発生件数が減ったとは思えないが。(それとも実は減ったのだろうか? 発生しなかったから、わからないだけで?)

もっともこう書いてくると、自分がいかに意固地で性格の悪い爺さんかわかって、いささか鼻白む。中国語の先生も「もう地震のニュースは見たくない」と言っていたが、理由は私とはまったく違い、「見るたびに胸が苦しくなり、泣いてしまうから」なんだそうである。心優しく、気持ちの暖かい人は違う。
スポンサーサイト

Pagination

Comment

Post Your Comment

コメント:登録フォーム
公開設定

Utility

プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

カテゴリー+月別アーカイブ

 

FC2カウンター