動物のお医者さん

  • 2015/10/27 11:09
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今日はようつべに、ドラマになった『動物のお医者さん』がアップされていることを発見した。
繰り返し、見た。
一日、幸福だった。
悪意が出て来ないドラマというのは、編み物のお供に最良だ。

最近とみに不快なものに対する耐性が落ちていて
“見る”ものや“読む”ものに少しでも気に障るところがあると
もうそれ以上、見(読み)続けられない。
雪だるまと一緒に映画を見始めても、「いやだ」と思えば
さっさと途中でパスする。
貴重な時間を、楽しくもない、好きでもないことに使いたくないのである。
意固地度、鋭意上昇中。

それにしても『動物のお医者さん』
ドラマを見たら、また漫画を読みたくなったが
愛蔵版で全6巻。5000円超+送料
電子書籍版で5000円弱、当然送料不要
うーん、しかしPCで読むのは目にしんどいしなあ。
うーん・・・


般若のチョビちゃん

chobi.jpg

そうだ、そうなのだ

  • 2015/10/24 10:39
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上野千鶴子さんの『ナショナリズムとジェンダー』がおもしろい。

-歴史とは、「現在における過去の絶えざる再構築」である。-とか
-歴史に「事実 fact」も「真実 truth」もない、ただ特定の視角からの問題化による
再構成された「現実 reality」だけがある-とか、
序文の1ページ目から「そうだ、そうなのだ!」と膝を打ちたくなる言葉が並んでいて
今までぼんやりと考えていたことが、明確な言葉ですっきりと整理されていく楽しさに興奮。

2で論じられる「従軍慰安婦」問題でも
-被害女性の告発に対して、当初、「民族の恥を表に出すな」という
まことに家父長的な抑圧の声が、韓国内でも日本でも起きた-(中略)
ここでは女の「貞操」は、男の財産の一種であり、その財産権の侵害に対しては
日韓両国の家父長制の利害が語られ、女性の人格や尊厳は少しも顧みられなかった。-
という文の後で、「強姦がふたつの家父長制のあいだの闘争のシンボルとして利用されるという
歴史に私たちは事欠かない」として、19世紀のインドで、イギリス人植民者による現地女性の強姦が
民族主義的な憤激と動員のシンボルとして利用された例を挙げている。

だが例を19世紀インドに求めるまでもなく、現在でもまだ多くの国で
強姦された女性は「家」の恥であり、「家」の名誉を守るためにその女性の父や兄弟が
強姦した男ではなく、当の被害女性を殺害することが行われている。
「名誉殺人 honor killing」と称されているのがそれだ。

これなども、上記の文脈で考えれば容易に理解が可能だ。
女性および女性の貞操(この言葉およびそれが意味するところ自体、
噴飯ものの二重基準、腹立たしい限りなのだが)というものが
男/家父長の財産に過ぎないから、自分の名誉が汚されたと思えば
躊躇うことなく処分できるのだ。

先日見たエチオピア映画「Difret」でも、非難されたのは学校帰りの少女を集団で誘拐し、
無理やり妻にしようとした男ではなくて、監禁場所から逃げ出したところを見つかり、
追い詰められた挙句に男を殺してしまった少女の方だった。

まったく世界中どうしてこうもミソジニーと二重基準に溢れているのか
私にはとんと合点がいかない。
そういう世界だということは分かっているが、どうしてそうなのか
ちっともわからない。
だれか明確な言葉と論理で説明してはくれまいか。

やっと読了

  • 2015/10/19 11:15
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一昨日、やっと、やっと『Le Tour du monde en 80 jours』を読み終えた。
6月2日から読み始めて、すでに4か月超。
最初は毎日読んでいたのだが、中盤からディクテと1日おきにしたため
余計時間がかかった。

「フランス語の音を口から出す」ということが目的だったので、
意味がよくわからないまま読んだところも多々あったし、
発音も、できない音は最後までできなかったし、
200ページも読んだ割には、覚えた単語はお話にならないほど少ないが
それでもまあとにかく読み終えた。

次は何を読もうか、いろいろ迷ったのだが
結局手持ちの中から『Monsieur Ibrahim et les fleurs du Coran』にした。
雪だるまに見せたら、「これの映画はウチにある」というので
さっき、夕ご飯を食べながら見た。
50年代頃のパリのユダヤ人街で小さな食料品店を営むイブラヒムおじさんと
そのそばに住む男の子モモの物語。
映画では、後半に出て来るカッパドキアあたりと思われる風景が非常に印象的だったが
本の方にも、あの辺りが出て来るのだろうか?
原作と映画とでは話がまるで変ってしまうことも多いので
こればかりは読んでみないとわからない。

中高生くらいが対象と思われるたった70ページほどの本だし、活字も大きいので、
1日おきに読んだとしても1か月くらいで読み終えられるかなと思うが、どうだろう。
今日は5ページ読んだ。モモがブタの貯金箱を壊して、200フランを懐に
リュ・ド・パラディに娼婦(立ちんぼ)を買いに行く冒頭部分。
お父さんと2人暮らしのモモ君、いろいろと鬱屈するものがあるのである。

しかし考えてみると、中高生対象でのっけから娼婦買いの話ってのもなんだな。
相手をしてくれたおねえさんに、“ちょっとしたプレゼント”を持ってくるのを忘れて
急いで家に取って返し、自分の“くまのぬいぐるみ”をあげるあたりは
やたら可愛かったりするが・・・(映画では、ぬいぐるみを貰ったおねえさんは、
あらまあという顔をした後、クスッと微笑うのだ)

さて、次回はどんな展開になりますか・・・




Poison Study

  • 2015/08/31 11:25
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オトモダチが「充分面白く読んだ」と書いていらしたので
「毒見師イレーナ(Poison Study)」を、audible で DL して編み物のお供に聞いてみた。

いや、さすが“ファンタジー系ラノベ”と言われるだけあって
大変わかりやすいキャラ設定と平明簡易な文章、
不快な要素なく、かつそこそこ面白く飽きさせないお話の展開と、
編み物のBGMに必要な条件をほとんどすべて満たす好作品で
おかげでセーター編みが、ものすごくはかどった。

ただ、わかりやすいキャラのせいか、はたまた朗読者がお上手なせいか
最初の段階で Valek と Yelena が恋仲になるであろうことは予想がつくし
毒薬Butterfly Dust にまつわる話もたぶんハッタリだろうと予想がつくので
♪はらはら、どきどき♪感は、だいぶうすーくなってしまったが。

このお話、“Study series”として、“Magic Study”、“Fire Study”、“Shadow Study”へと続くほか
スピンオフ・シリーズとして、“Glass series”もあるようなので
その気になれば、けっこう長い間、編み物BGMとして楽しませてもらえそうである。
ラノベ特有の軽さゆえ、物足りない気もするが、不快なのよりはまし。

Audible では、好きな作家の作品はもうほとんど全部 DL してしまっているので
時々は新しい、知らない作家の作品もレビューを頼りに DL してみるが
当たりもあれば、ハズレもあり。
ニューヨークタイムズ・ベストセラーでも、2000人以上の読者の平均評価が☆4つ以上でも
私の好みとは合わないことは、多々ある。
手仕事のお供、お楽しみのためのオーディオブックだし
第一、あんまり難しい本では、聞いただけではわからないので
勢い、ミステリー系、ラノベ系が多くなるのだが、
表紙の雰囲気と短い内容紹介だけで、私好みかどうか判断するのは結構難しい。

それでも今回の“Poison Study”(もっともこれは、私と本の好みが似たオトモダチの評価があったから
選んだのだが)のほか、最近のお試しとしては Gail Carriger の “Waistcoats and Weaponry”、
Jussi Adler-Olsen の“The Marco Effect”を DL してみた。
ゲイル・キャリガーさんの方は、ヤング・アダルト向けスティームパンク小説、
この世界ではない、パラレル・ワールドのヴィクトリア時代の英国の
フィニッシング・スクールを舞台にしたお話で、ヴァンパイアとか狼男とかが出てくるんだそうである。

私はファッション・サイトなどで時々見かける“Steampunk”って、いったいどういう意味だろう?
と長年疑問に思っていたのだが、この間、英辞郎さんを検索してみたら、
「SFのサブジャンルのひとつで、steam(スチーム、蒸気機関)が主流だった英国ビクトリア朝を基調とした
ファッションや文化・建築スタイル・芸術に、近未来的な科学技術を融合させる時代錯誤的な作風が特徴」
と載っていた。へー。
確か2、3年前に検索した時には、「該当件数0件」で語義は載っていなかったと思うのだが
その後、追加されたのだろうか。紙の辞書と違って、ネット辞書は随時更新可能で、つくづく便利である。

そしてもう一つのJussi Adler-Olsen さんの方は、デンマークを舞台にした、もう少しシリアスな推理小説らしい。
どちらもまだ聴いていないので面白いかどうか、気に入るかどうかは不明。
願わくは編み物がぐんぐん進む、楽しいオハナシでありますように。








届いた

  • 2015/04/04 21:17
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木曜日、1月末に日本から送った本が、やっとこちらに届いた。
日本で郵便局に持って行ったのが1月26日だから、正味67日。
船便だから1か月は覚悟していたのだが、
まさか2か月以上かかるとは思っていなかったので
途中で「船でも沈んだか・・・」と少し心配したが
いや、無事に届いてよかった。

この1箱の他、2月には香港から、オトモダチが同じく船便で
1箱送ってくださっているので、そちらも無事に届くといいのだが。
最近、輸送船が難破したという話はあまり聞かないし、
太平洋には海賊はいないと思うから、まあだいじょうぶだろうけれど。

それにしても、船便で送られる手紙や小包は、
一体どんな船に乗ってやって来るのだろう?
検索してみたら、2年前インド洋で商船三井のコンテナ船が浸水して
自力航行できなくなり、積んでいた欧州あて郵便物が海に流されたり
水に濡れたりした被害が出たという記事にぶつかった。
そうか、郵便物もコンテナ船で運ばれるのか。

こんな形の船

fune.jpg

の片隅に、ぽつんと積まれた郵便袋 なんていう図をぼんやり想像していたけれど
考えてみれば、これは客船。関係ない郵便なんか積んでないよな。

さて、本が届いたので、つい嬉しくなって
中の1冊、藤沢周平さんの「彫師伊之助捕物覚え」シリーズを
読み始めてしまった。
折しも昨日から復活祭の休日。
学校がお休みで4連休なのだ。
今日も朝から雪だけど、本さえあれば極楽だ。 

「赤ナプキンちゃん」

  • 2015/03/14 23:04
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梨の木さんが紹介していらした「Le petit napperon rouge」、PDF版を印刷して読み始めてみたらこれが面白くて、♪止められない止まらない♪ のかっぱえびせん状態。ふつうフランス語の文章は、辞書を引く回数が半端でないこともあって30分も読むとくたびれて「後はまた明日・・・」とか思ってしまうのだが、この「赤ナプキンちゃん」はその倍の1時間くらいはつっつける。お話の続きが知りたくて、ついつい「あともうちょっと」と渋る目をなだめつつ、読み続けてしまうのだ。昨日も頑張って読んで、あと2ページのところまで漕ぎつけた。A4、2段組みで7枚のお話なのだからフランス語が母語なら小学生の子どもでも1時間ほどで読めてしまうところだろうが、私は今日ですでに3日目。カタツムリも驚くのろさである。

でも、いいのだ。もしこれを読み終われれば、この「赤ナプキンちゃん」は私がフランス語で完読できた記念すべき第1冊!になるのである。今まで授業や何かで、大きな活字で2、3ページ程度の超短編は何作か読んだが、“本”を読み終えたことはなかったのだ。(去年の夏、世界の定番、みなさまの愛読書「星の王子様」に挑戦したが、全然面白いと思えなくて2ページくらいで挫折した。あの話は私には向かない)なので、これを読み終えることが出来れば、仏語完読第1作! じゃじゃーん!!である。

思えば日本語で完読した最初の本は何だったのか、今となっては余りに昔過ぎて記憶のカケラすらない。英語も思い出せない。学校で読まされたのは別として、自分で完読した最初の本はロバート・B・パーカーあたりか。それとも「足長おじさん」か。中国語は、広州の本屋で買った誰かの小説だろうが、これも記憶になし。当時、中国は本が安くて、邦貨20円も出せば本が1冊買えたのである。表紙のカラー印刷は安っぽかったし、使われている紙も呆れるほど粗雑ではあったけれど。

それはともかく、この「赤ナプキンちゃん」、面白いので、毎晩その日読めたところまでを、雪だるまに音読してあげている。もちろん、発音練習を兼ねてのことである。フランスのフランス語なので、彼が聞いたことのない単語や言い回しもままあるのだが、全然意味がわからないなんてことはないので、まあだいじょうぶなのだ。それにお話が面白いので、私が超下手くそに読んでも、勘所では笑ってもらえる。私は関西人ではないが、笑いを取れるとなんだか嬉しくて、「また明日も読もう!」と頑張る気になる。実はさっきも、朝ごはんを食べながら少し読んだ。とうとう憲兵が登場。おばあさんが作っているサラダ菜の上にトラックを停めてしまったりしていて、さてどうなることやら。生きて帰れるんだろうか、この憲兵たち。

『Dreaming Spies』

  • 2015/02/23 11:01
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ローリー・R・キングの新刊が出た。書籍で出たとたんオーディオブックでも出たので、さっそくDLして聞き始めた。新刊のタイトルは『Dreaming Spies』。お馴染みメアリ・ラッセルシリーズの13作目で、どうやら今度は日本が舞台のようす。まだ1時間くらいしか聞いていないのだが、すでに船客の一人として「サトウハルキ」という名前の日本人女性が登場した。大正生まれの女性の名前が「ハルキ」かあ?と思わないでもないが、ま、これは小説。架空のオハナシなのだから、多少の?には目をつぶるのだ。

キングさんに限らず、最近、英語の小説は読むのではなく、オーディオブックで聞くことが多い。数年前から“Audible”の会員になっていて、毎月2冊ずつ比較的手ごろな価格でDLできるせいもあるし、目が悪くなったせいで英文字を追うのがしんどいというせいもある。貴重な視力は、日本語と勉強中のフランス語のために取っておこうという魂胆なのである。だいたいは編み物などの手仕事をしながら聞いているが、目が疲れて、目を開けているのもしんどい時は、電気を消してベッドにぬくぬくもぐり込み、暗闇の中でPCから流れてくるオハナシに耳を傾ける。テキストなし、ただ耳から聞いているだけだから聞き落としている部分も多いとは思うが、好きな作家の小説はそれでも十分楽しめる。

本当なら、英語で読むのがしんどいのなら、私が最も楽にわかる言語、骨の髄までしゃぶれる言語である日本語で読んでから英語で聞けば、聞き落としも少なく、聞き違いによる誤解も少なくなるのだろうが、いかんせん、キングさんのメアリ・ラッセルシリーズは、第7作目の『The Game』までしか邦訳が出ていない。しかも今アマゾンでチェックしたら、その邦訳されているものですら新品はなく、すべて中古である。日本ではキングさん、人気がないのだろうか? メアリ・ラッセルシリーズも、ケイト・マーティネリシリーズも、面白いのにねえ。

ちなみにキングさんの世界では、メアリ・ラッセルはホームズのパートナー(兼妻)ということになっている。1854年生まれのホームズに対し、メアリは1900年生まれだから、随分年の離れたカップルだが、シリーズをお読みいただければわかる通り、メアリは当時の“妻”という概念には全く収まらない、知性に置いても身体能力に置いてもホームズと対等の、パートナーとしか呼びようのない存在であるので、お話はあくまで2人の探偵がその類まれなる頭脳と行動力で事件を解決するという筋書きであり、家庭内の諸事雑事や夫婦間の感情的やりとりなどは、全く出て来ない。色恋沙汰もない。実にすっきりしていてよろしい。ホームズは元々コナン・ドイル氏が描いた通り常に常に理詰めの人だし、メアリもまたその頭脳ゆえに何よりもまず理知の人なのだ。なんたってオックスフォードでの専門が数学と神学、私は本の中のホームズ同様、彼女の常に冷静で論理的な思考力に惚れているのである。それでなくてなんで13作目まで、追っかけを続けようか。

それにもう一つ、シリーズには時々、実在の人物がちょろり、ちょろりと出てくるのも面白い。11作目の『Pirate King』にはポルトガルの詩人フェルナンド・べソアが通訳として出て来たし、12作目の『Garment of Shadows』には、フランス保護領モロッコの初代総督であるウベール・リヨテ将軍が、ホームズのまたまた従弟か何かとしてまんま登場した。架空のオハナシなのだから登場人物も架空だろうと思っていると、するり足をすくわれるところがなかなか楽しい。今聞いている『Dreaming Spies』には今のところ実在の人物は登場していなそうだが、これから誰か出てくるのかな。ただ今、ホームズとメアリは神戸から人力車で有馬温泉に到着。温泉に浸かった後、按摩をしてもらって、うとうと極楽気分のようすだがさて。

本の始末

  • 2015/01/17 03:37
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そろそろ日が迫って来たので、古本屋&本屋サイトで欲しい本を漁り始めた。日本に行くのは多分これが最後だろうと思われるので、いつに似ずバッサバッサと大人買いしているが、それでも重量との兼ね合いがあるので興味はあっても諦めた本も多い。たぶん30冊以内に収まるだろう。これで実際に本屋に足を運んだりすると、もっと数が増えてしまうかもしれないが、今回滞在は正味3日。実家の片付け、法事、銀行と1日ずつ割り振ったぎりぎりの日程なので、たぶん本屋でうろうろする暇はないはず。もっとも最後、空港の本屋という危険個所はあるが、あそこも品ぞろえは今ひとつ。まさかそんなに買い込むことはあるまい。

普段だと日本で買うのはノンフィクションが多いのだが、今回は例外的に小説も漁っている。藤沢周平さんの短編を2冊と長編を3冊。「御宿かわせみ」に維新以降を舞台にした新シリーズが出ているようなので、それを何冊か。そして大好きな高村薫さんの「晴子情歌」「新リア王」「太陽を曳く馬」「冷血」をまとめ買い。私は「レディ・ジョーカー」までしか読んでいないので、この4作は本当に、本当に楽しみ。

小説を漁る余裕ができたのは、在香港のオトモダチが私好みのノンフィクションを大量に貸すと言ってくださったからだ。彼女と私はもともと読書傾向がかなり似ているので、彼女が私のために選んでくれた本はずばり金的、大当たり!のものばかり。本当だったら20余冊全部借りて帰りたいのだが、持ち帰るにせよ、香港から船便で送るにせよ、“重量”という問題が私の前に大きく立ちふさがるので、泣く泣くその中から10冊ほどを選ばせていただいた。その中には「手にしたらすぐ読みたい!」本もあるので、たぶん香港滞在中から読み始めてしまうと思う。これもまた大変楽しみである。

こうした「これから読みたい本」は、なにしろ「読みたい」のだからカナダに連れ帰るのに迷いはないのだが、やや困っているのが実家に置きっ放しの本たちだ。実家にはまだ数百冊の本が眠っているが、家を人手に渡した以上、いつまでもそのままにしておくわけにはいかない。持ち帰るなり、売るなり、捨てるなり、とにかくその処分方法を決めなくてはならない。捨てていいものなら、そのまま実家に残しておけばいい。居抜きで譲ったので、不用品は新しい持ち主が処分してくれる。

が、処分されるということはつまり、本をゴミにする、ということで、これは本好きの方ならわかっていただけると思うが、決してやさしいことではないのである。「売る」とか「譲る」のなら、まだいい。本は本として生きていける。しかしゴミにしてしまうのは、本の本としての生命を断つということで、たとえば神谷美恵子さんやフランクルをそんな目に合わせるのは、ほとんど人非人の所業のように思えて身が縮む。

と言ってそうした捨てるに忍びない本を全部、持って帰ることはまさかできない。いくら思い出深い本であっても、過去20年以上手元になくても何とかなって来た本たちである。たぶんこれからも、なくても何とかなるだろう。確かにこちらには収納スペースは十分あり、だから身近に置きたいと思えば置けないことはないが、そうして置いてみたところで残す先はない。本にせよ何にせよ、我ら亡き後は後片付けの人たちの負担になるばかり。いたずらにモノを増やし続けるわけにはいかないのだ。

これはやはり段ボールに詰め込んで東京に持ち帰り、あとで妹に売ってもらうか。20年以上前に出版されたノンフィクションの単行本を、今の古本屋が引き取ってくれるかどうかは疑問だが。

『風車小屋だより』

  • 2014/11/02 21:54
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先日のフランス語教室では、どういうわけだか出席者が少なく、これで新しい項目を始めてしまうわけにはいかないと、代わりに「本を読んで、その要約と感想を書く」というお題を頂戴した。本はみんな(といっても4人だけだったが)でジョジアンと共に学校の図書室に行き、そこで借りた。

ドアに付いたガラス窓からちらちら眺めていた時も「なんだか小さい図書室だなあ」とは思っていたが、中に入ってみると思った通り大変小さい図書室で、蔵書も多くない。それでも一応、哲学、自然科学から文学まで並んでおり、文学は国別に一塊になっていた。一番充実していたのは当然ながらケベック文学のコーナーで、書架3つくらいを占領。まあな、ケベックの学校でケベック文学を置いていなかったら、話にならないしな、と思う。

係りの女性から各コーナーについて簡単な説明を聞いた後、それぞれ恋愛小説(ホセ君)やケベックの歴史についての本(王さん)、Asterixの絵本(仏語はABCから始めたばかりのZ君)など、好みに合わせて1冊選択。そんななかで、私はドーデの『風車小屋だより』(Lettres de mon moulin )を選んだ。子供の頃に読んだ印象から言って、これなら初級の私にも何とか読めるかなと思えたことと、本が薄くて持ち運びに便利なこと、短編集で各話が数ページしかないので、視力と根気が尽きる前に1話くらいは読了できるだろうと思えたのが理由である。(4~500ページもある大部の本では、一生読み終われそうにない)

ところが、本を持って借り出し手続きに行くと、係りの女性はその薄い本を手に取りながら「これは詩の本?」と聞く。びっくりした私はへどもどしながら「いや、contesだと思う」と答えたのだが、どうも彼女はドーデを知らないようすで、ふうんという顔で手続きを進めていく。

正直わたしは「仮にも図書室担当の人が、どうしてドーデを知らないの?」とちょっと呆れたのだが、家に帰ってア○ゾン・ジャパンを検索してみると、私が子どもの頃あれほど有名で、小・中学校の図書館必備だった彼の本は、今ではほとんど絶版、品切れ。全然読まれている風がないのだった。さすがにア○ゾン・カナダでは仏語版も英訳版もまだ扱っているが、それとてベストセラーという感じではない。

考えてみれば、私が子どもだったのは40年も前。当時の必読図書は“今”の必読図書ではなく、19世紀フランスの一小説家などケベックでは知られていなくて当然ということか。雪だるまでさえ、ドーデの名は知っていたが読んだことはなく、「(動詞の活用でまごまごしているくらいのくせに)19世紀のフランス語を読む気か?」と笑っていたし。

しかしそうは言っても、現代ケベックの作家など、梨の木さんが薦めてくださった一人を除いて私は全く知らないし、現代のフランス語だから読みやすいというわけでもあるまい。それに古典はすでに翻訳がある。辞書を引き引き考えてもわからなかったら、翻訳を当たるという手を使えるのである。しかもネット上にあったりするから、便利至極。現代作家では、こうはいかない。

『To play the fool』

  • 2014/09/24 05:17
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編み物のBGMに、ローリー・R・キングの『To play the fool』を聞き始めた。翻訳ではもう何度も何度も読んでいるが、原作を聞くのは初めてである。

これは愚者(Fool)であろうとした男ブラザー・エラスムスがすじの中心になっているので、刑事であるケイトとその恋人でセラピストのリーとの会話、ブラザー・エラスムスを知る人々の陳述など、話のそこここに愚者や道化、トリックスターについての考察がちらちら現れる。それが面白い。さすが神学、宗教学を専攻した人だけのことはある。衒学と言われようと何と言われようと、そういう味付けの部分がなければ、推理小説を読む楽しみなどない。

そして、愚者/道化というと私はどうしても、映画『Twelfth Night』(1996英)でベン・キングスレイが演じた道化を思い浮かべてしまうのだが、それは彼の道化がそれまで私が知っていた道化、愚かしい振る舞いや馬鹿げた言動、白々しいお追従を振りまいて王の周りをうろうろする道化とは完璧に異なる道化であったから。

『To play the fool』の中でリーも言っている。
「そうだ、中世では宮廷の道化だけが王様に本当のことをしゃべってもよかったのよ。クラウンはその道化の変化したものね」と。

そして同本の冒頭には、その当の『十二夜』から、オリヴィアのせりふが引用されている。

あの人は利口だから阿呆のまねができるのね。
阿呆をつとめるにはそれだけの知恵がいる。
冗談を言うにも、相手の気持ちを探り、人柄を見きわめ、
時と場合を心得ていなければならない。そして、
鷹のように目の前を横切る獲物をのがさず
捕らえなければならない。これはたいへんな仕事だわ。
利口な人が知恵を働かせる以上に。
(シェイクスピア『十二夜』 小田島雄志訳)

まさにその通りなのだが、今、手持ちの『十二夜』で上記のせりふをあたってみたら、これには続きがあった。私が持っているのは岩波の小津次郎役のもので、だから少々調子が違うのだが、
「あの人がみせてくれたあのみごとな阿呆ぶりは大したものだけど、妙な拍子で賢い人が阿呆なことをやり出すと、ばかばかしくて見ちゃあいられない」
と続くのである。
いや、ご尤もだが、賢くない私は心配の要なし。馬鹿がばかをやる分には、誰も何も言うまい。だって言っても無駄だから。

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プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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